筋緊張性ジストロフィーキナーゼ、低分子量熱ショックタンパク質 研究の背景・経緯と発表論文   
   
  ポスドク3年目が終わった段階で、厚生省(当時)の筋ジストロフィー班会議に参加されていた縁で、横浜市立大学の大野茂男教授(研究室を立ち上げて間もないころ)3人目の助手に採用していただいた。

当時、大野教授は、Protein kinase C (PKC)のcDNA cloningを進める中で、生化学的に同定されていた「いわゆる古典的なPKC」(conventional PKC)の他に、制御ドメインがさまざまに異なる変わり種のPKC(novel PKC, および、atypical PKC)をcDNAレベルで発見されて間もないころであった。そして、それら各種PKCの生理的役割について、主として細胞増殖に注目して精力的に研究を進められていた。いわゆるMAPKカスケード(Ras-Raf- MAPKKK-MAPKK-MAPK)が発見されたころでもあり、細胞内のシグナル伝達の研究が大きく発展していた時期でもあった。私にとっては全く新しい研究分野に飛び込むことにもなり、学生さんに交じって必死で「シグナル伝達」の勉強をしたことを覚えている。

大野教授のsuggestionの下に、まず最初は、nPKCの一種、nPKC epsilonの結合タンパク質を,その当時、注目されていた「酵母two-hybrid system」を用いた結合タンパク質のスクリーニングによって獲得することを目指した。「機能未知の分子の解析を進めるためにその結合タンパク質をスクリーニングする」というのは今日でもよくやられるアプローチであるが、思い起こすに、それはこのころから始まっていたように思う。そして、私の仕事はこのtwo-hybridの系をラボで立ち上げるという意味合いも持っていた。クローニングという仕事自身が初めてであったので、四苦八苦して酵母の系を立ち上げ、なんとか一つ、特異的に結合すると思しきものを同定し、eBPととりあえず名付けた。だが、このeBP自身が機能未知のタンパクであったため、いろいろと調べるといろんな情報は得られるものの、結局は何をやっているタンパク質かはなかなかわからず、ポスドクの時は幸運とにも1年で先を見通せるようになった研究が、この時は1年経っても、2年経っても先行きが見えてこず、かなり苦しかった。休みの日には、当時住んでいた鎌倉を散策して、心を癒していたのを思い出す。

そういう中で、同じtwo-hybrid systemを利用して、筋緊張性ジストロフィーキナーゼ(DMPK)の結合タンパク質を並行して探索し、新規の低分子量熱ショックタンパク質(sHSP)を同定した。そしてこの仕事が横浜市立大学での第一期の私の業績となった(下記参照)。因みに、eBPについては、お蔵入りに終わっており、ラボの冷蔵庫にサンプルはまだ眠っている(2012年現在、まだ機能未知のままである)。

筋緊張性ジストロフィーキナーゼ(DMPK)とは、遺伝性筋疾患である「筋緊張性ジストロフィー」の患者さんで、3' UTRにあるtriplet repeat (CTG)が増幅している遺伝子の産物として同定されたものであり、「キナーゼの異常がいかに筋ジストロフィーにつながるのか?」という点で、その生理的機能の解明が待たれていた時代であった(大野教授が筋ジストロフィー班会議に参加されていたのも、このDMPKの研究を課題とされてのことであった)。

このDMPKの結合タンパク質として同定したのが、上記の新規sHSP、MKBPであったわけであるが、そのシャペロン機能を介してDMPKのキナーゼ活性の保護、活性化をしているという実験データを得た。この機能は、それまで知られていた他のsHSP、HSP27, aB-crysstallinなどでは見られず、かつ、DMの患者さんではMKBPの筋肉における発現が特異的にupregulateしているという結果から、筋肉にかなり特異的に発現しているこのMKBPは、生理的にもDMPK保護に働いていると考えられた。以上の結果は、1998年にJCBに発表することが出来た.。これが横浜市大に移ってから4年目にしてやっと発表できた1st authorの論文であり、上記の苦労の末の成果であったので、うれしさもひとしおであった。また、ほぼ一から始めた研究を最終的にここまで持って行けたことは、自分自身のまた一つの自信となった。

とは言え、「筋緊張性ジストロフィーの発症メカニズムの解明」と言う点では、実は話はそう単純ではなく、未だMKBPとこの疾患とのの関わりは解明しきれずに終わっている。というのも、前述のように、患者さんで見られる変異が「3' UTRにあるtriplet repeatの増幅」であり、その変異はDMPK自身のアミノ酸配列には変化を起こさない変異であるからである。この変異がDMPKの筋肉における発現を低下させているという報告もありつつ、一方で、このtriplet repeat expansionが近傍の遺伝子の発現に影響したり、CTG repeat 結合タンパク質を奪ってしまったりというDMPKの機能とは独立の出来事が、発症原因をなしているというさまざまな報告がされている。すなわち、DMPK自身の疾患発症との関わりが、完全にはクリアではなかったのである。

従って、その結合タンパク質であるMKBPの研究についてもDMPKに対するシャペロンという方向での展開は弱いものがあり、残念ながらその後の研究は、この「筋特異的なsHSPの研究」という「低分子量熱ショックタンパク質の研究」という方向に重点を置かざるを得なかった。とは言え、HSPの中では研究の遅れていたjこの低分子量HSPに関しては未知のことが多く、ラボの大学院生さん達とその基本的characterizationからじっくりと研究を進めることによって、「筋分化特異的に発現誘導を受ける事」や、「既知のsHSPとは異なる分子複合体を筋肉細胞中では形成していること」など、記載的ではあるが、その後の研究の基礎となる非常に重要な研究成果(JBC 2000)を残すことができた。

ゲノムプロジェクトが終了した現在では、タンパク質を実験的にcloningするという仕事自身が昔話となった感があるが、当時このタンパク質は、私が初めて「クローニング」をして世の中に発表したタンパク質であり、私にとっては記念すべきタンパク質であった(ただ、MKBPというセンスのない命名は海外の研究者には「読みにくい」らしく、不評であった。。。。国際的には、他のsHSPをまとめた統一命名法の中でHSPB2という名前が付けらている)。このMKBPの研究を離れてしばらくして、”MKBP”に関するreviewをPubMed上で見つけた時はうれしかった(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18615620)。研究者の人口が少ないため、sHSPの研究は遅れているように思うが、神経疾患等へのかかわりなど興味深い展開が起こっているようであり、この分野の今後の発展を願わずにはいられない http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22272249

     
  1998年 Suzuki A, Sugiyama Y, Hayashi Y, Nyu-i N, Yoshida M, Nonaka I, Ishiura S, Arahata K, * Ohno S.
MKBP, a novel member of the small heat shock protein family, binds and activates the myotonic dystrophy protein kinase (DMPK). J. Cell Biol. 140: 1113-1124 , 1998
     
  1999年 Shama K. M, Suzuki A, Harada K, Fujitani N, Kimura H, Ohno S, * Yoshida K.
Transient up-regulation of myotonic dystrophy protein kinase-binding protein, MKBP, and HSP27 in neonatal myocardium. Cell Struct. Funct. 24: 1-4, 1999
     
    Beall A, Bagwell D, Woodrum D, Stoming T.A, Kato K, Suzuki A, Rasmussen H, * Brophy C. M.
The small heat shock-related protein, HSP20, is phosphorylated on serine 16 during cyclic nucleotide-dependent relaxation. J. Biol. Chem. 274: 11344-1135, 1999
   
    * Yoshida K, Aki T, Harada K, Shama K. M, Kamoda Y, Suzuki A, Ohno S. Translocation of HSP27 and MKBP in ischemic heart. Cell Struct. Funct. 24: 181-185, 1999
     
  2000年 Sugiyama Y, Suzuki A, Kishikawa M, Akutsu R. Hirose T, Waye M.Y.M, Tsui S.K.W, Yoshida S, * Ohno S.
Muscle develops a specific form of small heat shock protein complex composed of MKBP/HSPB2 and HSPB3 during myogenic differentiation. J. Biol. Chem. 275: 1095-1104, 2000.
     
     

  参) PKCに関する日本語総説

  1995年 鈴木 厚、 大野 茂男
「プロテインキナーゼCファミリー」 生体の科学 46 遺伝子・タンパク質のファミリー・スーパーファミリー, 592-593, 医学書院
     
  1996年  鈴木 厚、大野 茂男
「脳・神経機能とプロテインキナーゼC」 蛋白質核酸酵素 42 脳における情報伝達411-417, 共立出版株式会社